1889明治22 |
岐阜市柳ケ瀬町が誕生(岐阜市制施行) |
1895明治28 |
八間道(神田町)より金津(西柳ケ瀬)にかけて、店舗が建ち並びはじめる |
1912大正01 |
岐阜市内電車、駅前-長良橋間開通 |
1919大正08 |
柳ケ瀬にて「内国勧業博覧会」開催(9月21日~11月9日/50日間) |
1921大正10 |
「岐阜劇場」(現・岐阜髙島屋の場所)、「衆楽館」(現・無印良品の場所)がオープン |
1922大正11 |
県下初の百貨店形態の「万力呉服店」が柳ケ瀬町4丁目に進出 「金華劇場」がオープン(現・CINEXビルの場所) |
1923大正12 |
木造3階建ての本格的百貨店「山本呉服店」が柳ケ瀬町3丁目にオープン(現・オアシス柳ケ瀬ビルの場所) |
1926大正15 |
柳ケ瀬で大規模火災が発生、25戸が全焼 |
1927昭和02 |
柳ケ瀬初の5階建て鉄筋コンクリート造りの「百助」(現・ヒロイン)が竣工 |
1928昭和03 |
柳ケ瀬町1~4丁目(現・柳ケ瀬通1~3丁目)に街路灯「スズラン灯」60基が設置される 地下1階・地上4階、エレベーター付き木造ビル「百貨堂」が完成(現・三越ビル) ※この頃、新語「柳ブラ」が生まれた |
1929昭和04 |
柳ケ瀬地区の劇場5館が合併して「岐阜土地興業株式会社」設立 |
1930昭和05 |
「丸物百貨店」がオープン(現・岐阜中日ビル) |
1932昭和07 |
※柳ケ瀬カフェー全盛時代が到来(弥生町・小柳町) |
1937昭和12 |
丸物百貨店が8階建てビルを竣工 |
1945昭和20 |
岐阜空襲(7月9日)柳ケ瀬地区は完全に焦土となる 敗戦後、柳ケ瀬地区の劇場がいち早くバラック小屋で興行を再開 |
1946昭和21 |
バラックでの興行に人が集まり、柳ケ瀬に仮設店舗や露店が並ぶ |